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お母さんへ

私は、お母さんにとってどんな存在だったのでしょう?

私は、愛情を感じられなかった。

私の事、嫌いだったよね?

殺してくれればよかったのに・・・

一緒に生活している方が恐ろしく苦しかった。

中学3年間、いつも お弁当ではなく購買のパンを食べていた。

皆に「今日もパンだ」っと白い目で見られていたのを思いだす。

私は「お弁当を作って」っとは言えなかった。

高校へ入り、自分でお弁当を作る事にした。

料理も知らない私は、まず お弁当の本を万引きしたんだ。

冷蔵庫の中の物を使ったら怒られた。

だから、食料品も万引きした。

3年間。

1度も見つからなかった。

万引きしてまで 手作りのお弁当を持って行きたかった

この私の気持ちを知ってほしかった。

解って欲しかったよ。

私を見て欲しかった。

一番気づいて欲しかったな・・・

私に向けて包丁を振り下ろした事よりも、

大量に血が流れるまで殴られた事よりも、

・・・・・

お母さん?

お母さんにとって、

私って何ですか?

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インナーチャイルド

インナーチャイルドに会いに行ってきました。

女の子が泣いていた。

私の目にも涙が。

段々息苦しくなり、胸がしめつけられる感じになり涙が止まりません。

この感じは・・・

この息苦しさ、胸がしめつけられるような感じ・・・

昔、母親に怒られてる時の苦しさと同じものでした。

私は、泣いている女の子を抱きしめていました。

女の子の安らいでいる顔、安心した幸せな顔が浮かんできました。

すると女の子は私の手を握ってきた。

とってもいい笑顔で。

私も嬉しくなり、笑顔になりました。

笑顔と同時に

スーっと胸のしめつけられるような苦しさが消えていった。

ここで、インナーチャイルドとお別れして戻ってきたんだけど、

また涙が込み上げてきて、

今度は、親(母親)に対する怒りが込み上げてきました。

私に向かって包丁を振り下ろした母親。「本当に切るとでも思ったの?包丁の背で叩いてるから切れる訳ないし」っと言った母親。

少なからず殺意はあったはずだ。

いっそうの事、殺してくれた方が楽だったよ。

あの恐怖は消えない。

傘で頭を何十回と殴られ(傘の取っ手は猫の形をしていた)背中にまで血は流れていた。弟が「血が流れてる」っと母親に言うも、しばらく手を止めなかった。「後ろ向いてみ!」「ほんとだ、服の血が取れなくなるからサッサと洗っておいで」

私の心配なんて全くなし。血のついた服の方が気になったらしい。その後の私の頭の処置すらなかったのだから。

どんどん母親に対する怒りが込み上げてくる。

この怒りをどうやって処理すればいいんだろう?

私は、愛が欲しかった。

心の拠り所が欲しかった。

それを彼で埋めようとしていたんだ。

埋まるわけないのにね。

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